自分の人生の目的は何か?

mountains, canada, girl

denkendewolke (CC0), Pixaba

湖のほとりの森のなか、

木陰に入れば

真実をささやくことができる

湖面に静かに映る

自分に向かって…..

 

思い出して

ここでは

誰にも声は聞こえない

 

静けさのなかで

交わす約束が

いつでも君を支えてくれるだろう。

   詩人 デイヴィッド・ホワイト


自分の人生の目的は何か?

 最初に、デイヴィッド・ホワイトさんの詩を紹介しました。私たちはいつも、孤独を感じてしまう時があるけれど、ひとりで生きているわけではない事を思い出させてくれます。私は、この詩からそんな感じを受け取ったんですけど、どうでしょう?

 さて、「人生の目的」ですけど、これを見つけようと思ったら大草原に潜む一匹の小さい亀を探すようなものだと思っています。結果として、自分に残ったものが「人生の目的」になるんじゃないかな。「生き方を探す」とか、「生きる道を探す」って言うのは、ありがちな話だけど実はそんなものなくて、真実の今を生きるしかないと思う。

 自分の人生の目的とは、はるか彼方の虚像を目指す事ではない。今をもっとドラマチックに楽しく表現し続ける事です。もし、失敗があってとしても、やり直せば良いだけなのです。それでもなぜ、「人生の目的」を探そうとするのかと言うと、今までの間違った価値観(考え方)がベースになっているからなのです。

 例えば、私たちは「良い人生を送りなさい。」「正しい道を歩みなさい。」こんな事を誰かに言われた記憶は、ないですか?これは、学校教育でみんな「右肩上がりの人生」を目指すようにプログラムされてしまったからなんです。右肩上がりの人生を歩むためには、なんでも正しい方向を選びなさいと。「正しい選択こそ唯一の、幸せになる方法」ですと。 正しい学校→正しい会社→正しい生活→正しい人生。現実には、こんなに正しい人生を送る事なんてできません。そんな事をやろうとするから「人生の目的」を探そうとする気になったりするのかなと、思います。

 実際には、周り道もあるし、行き止まりがあったり、落とし穴もあったと思います。それでこそ人生!人間らしいと、思いませんか。それでも、どこかに「宝の地図」があったり、「道先案内人」に出会えるかもしれない。とか、ごめんなさい。そこを探したくなる気持ちは、わかるけど私たちは、他人の人生を歩く事はできないのです。誰かが作ってくれることもありません。最初にご紹介した詩の世界観が、こんな気持ちを言っているような気がするんです。生きていくのは孤独を感じるけど、支えてくれる仲間がいるよと。だから、「宝の地図」も「道先案内人」も自分自身であって、自分の中にある。

 タイトルで、「自分の人生の目的」について質問しておきながらだけど、探したり悩んだりする必要はないって言いたかったのです。目標や夢は、絶対にあった方が良い。だけど、その「目標や夢」の話と「目的」の話を混同しないでください。要は、「自分の人生の目的」とは、ただの「自分の表現」にしかすぎないと言うことです。「自分の人生の目的」というと、なんかそれらしいものが遠くにあって、それを追い求めるようなイメージだけど、現実には今しかなくて、今生きている事の積み重ねの結果に見えてきたものが、これが人生の目的だったのかなと気がつくものなのです。決して遠くにあるものじゃなくて、毎日の表現の積み重ねなのです。

 

 

 

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